岡崎ルネサンス

ルネサンス活動

乙川観光船

インフォメーション
場所:
ホームページ:
乙川観光船

岡崎の中央を、堂々と威厳をもって流れる乙川。河川敷沿いには東海随一と言われる桜並木が続き、川面からは岡崎城を望むことが出来ます。江戸時代、乙川には多くの五万石舟が行き来し、岡崎城のすぐ下まで舟で行くことが出来たそうです。その美しい風景を唄ったのが、あの名曲、小唄「五万石」。それを現代に生きる私たちも体験しようと運行を始めたのが乙川観光船です。舟好きの兄ちゃんたちが櫓こぎをしながら、岡崎の歴史や見どころを語ってくれたり、小唄「五万石」を披露してくれたりと、できるかぎりのおもてなしをしてくれます。

 

「五万石でも岡崎さまは、お城下まで舟が着く~」


 江戸時代、五万石の岡崎藩の本拠であった岡崎城は、「神君出世の城」として神聖化され、本多氏(康重系統)、水野氏、松平氏、本多氏(忠勝系統)と、家格の高い譜代大名が城主となりました。乙川に面している岡崎城には、小唄「五万石」で「五万石でも岡崎さまは、お城下まで舟が着く」と唄われているように、天守閣を下りた間近なところに舟着場があり、そこで塩や木材、木綿などが積み下ろしされていました。現在、岡崎公園と乙川との境にいくと、その昔、舟着場があった場所に、当時を偲んで造られた「五万石舟」の碑があります。

 



春の「岡崎城下 舟遊び」


 春、岡崎城周辺から市役所近くの乙川周辺は、東海随一と言われる美しい桜で埋め尽くされます。このあたりの乙川は、昔から「菅生川」とも呼ばれており、その街のすぐそばにある美しい風景は岡崎の誇りのひとつとなってきました。昭和時代までは、貸しボートがあったり、地元の高等学校のボート部があったりと川面も賑やかでしたが、水害対策などの規制などから、いつしかその光景は消えていきました。
時を経て、平成19年のこと。春の美しい桜の風景をぜひ川面から眺めようと、岡崎市と岡崎商工会議所とが協力して、桜の季節に限定した観光船が就航しました。屋根のついた動力船で、殿橋の下流、乙川右岸から吹矢橋付近までを往復しました。

      

 


櫓こぎ観光船への挑戦


 春限定の観光船が市民の間でも定着してきた頃のこと、関係者の間から船頭がゆっくりと櫓をこぎながら、小唄「五万石」や、岡崎の歴史秘話、史跡の紹介などができると、もっとお客様に楽しんでいただけるのではないかという声が持ち上がってきました。
それならば、まずは櫓こぎ観光船を行っているところへ見学に行こうと、舟好きの有志たちが立ち上がりました。皆で車に同乗して、国宝として全国に知られる松江城のお堀めぐりや、50年の歴史を誇る福岡県柳川市へと出かけてきました。そこで有志たちが学んだことは、櫓こぎ観光船は岡崎でもできる。オレ達にもできるということでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


いよいよスタートへ


  平成26年の秋、乙川リバーフロントプロジェクトの一つの事業としても組み込まれた乙川観光船事業は、市民まつりにあわせて実証実験としてはじめて乙川に就航しました。平成27年初夏には、新たな5艇が岡崎に運び込まれ、夏からは、実験運行を開始しました。訓練を受けた船頭も6名となり、いよいよ手漕ぎ観光船が本格的にスタートできる準備が整ってきました。
舟好きの兄ちゃん達は、今後、一般の個人の方々にも、のんびりと舟の上で、乙川の景色はもちろん、歴史土木遺産の殿橋や化け猫伝説、浄瑠璃姫と義経とのはかない恋の物語などを楽しんでいただきたいと、今、着々と準備を進めている最中です。

 

 

 

 

LINEで送る

Let’s
Share!