岡崎ルネサンス

ルネサンス活動

家康公生誕祭

インフォメーション
場所: 岡崎公園、康生通り、伝馬通り
ホームページ: http://ieyasuseitan.jp/
家康公生誕祭

戦国時代を戦いぬき、日本を平定して江戸時代を築いた徳川家康公。その天下人の生まれはここ岡崎市。岡崎城で産声をあげ、「竹千代」と名づけられました。そのご縁にあやかって、子どもたちの健やかな成長と天下泰平を祈願するお祭りをしようと始めたのが「家康公生誕祭」。家康公の誕生日である12月26日の数日前から、岡崎公園を中心に、家康公生誕劇やコンサートなど様々な催しが行われるほか、市内各所から提灯を掲げて岡崎城へと歩く「提灯行列」や、岡崎城の龍城神社前での「竹千代祭り」などが行われます。

 

 

●子供の成長を祈願する「竹千代祭り」


 家康公生誕祭のシンボル的な行事のひとつが「竹千代祭り」です。岡崎で育った竹千代は、名前を家康に改名したあと、乱世の中での数々の苦難を乗り越えて天下を統一し、数百年に及ぶ泰平の世の礎を作りました。その家康公の強い運気にあやかろうと始まったのが、このお祭りです。

 

 

 このお祭りの見どころは、家康公が生まれたときに魔よけとして放たれたとされる「蟇目(ひきめ)の矢」と、龍城神社の境内を練り歩く神輿の「天下上げ」です。「蟇目の矢」とは、動物などを傷めないように矢の先が丸く、音が出るように細工された矢のことで、龍城神社の参道で放たれた矢はヒューという独特の音を放ちながら夜の境内を飛んでいきます。「蟇目の矢」が放たれた後に行われるのが神輿の「天下上げ」。家康公の産湯に使ったとされる「昇竜の井戸」の水で清められた神輿に、その年に生まれた赤ちゃんと母親とが乗り、境内を練り歩きます。その際に神輿を高く担ぎ上げる「天下上げ」という儀式が行われ、子供の生誕をお祝いするとともに、健やかな成長を祈願します。

 

 

●100年前の大提灯行列が現代に復活!


 さて、今から約100年前の大正4年(1915年)。徳川家康公と本多忠勝公の没後三百年を記念して行われたお祭があり、そこで大提灯行列が行われました。行列の参加者の数は実に1万5千人。市制施行前の人口は4万人弱なので、当時としては、まさに町を挙げての一大イベントだったようです。町中が電灯やイルミネーションで飾られ、「煌々たるその光輝は昼を欺き、全く不夜城の観あらしめた」と当時の様子が伝えられています。

 その提灯行列を現代に復活しようと、2014年から家康公生誕祭のメイン行事の一つとして加わったのが提灯行列です。現代版の提灯行列は、岡崎城より少し東にある「籠田公園」や「三河別院」をスタートし、歩行者天国となった目抜き通りを歩き岡崎城天守閣を目指します。

 

 2015年の提灯行列では総勢約6,000名が歩きました。その多くは親子、カップル、友達同士。それぞれに葵の御紋の提灯を手にもっての参加です。地元の甲冑愛好家のグループの方々の参加もあって、提灯行列の雰囲気はぐっと盛り上がりました。

 

 6,000名が目抜き通りを一気に歩いて行くのはかなりの壮観。提灯行列の参加者は年々増えており、今後、岡崎市の冬の一大行事として成長していくことでしょう。

 

 

●岡崎城周辺が美しく彩られる光の祭典


 夕方暗くなってからが盛り上がる家康公生誕祭。提灯行列のゴールである岡崎城周辺は、美しく光が放たれる幻想的な雰囲気に包まれます。天守閣のそばからは、家康公が生まれた時に岡崎城から天に向かって龍が昇ったという逸話にちなんで、青いアークライト「昇竜の光」が天に向けて照射されます。また、岡崎城に登る道の両側には、全長100メートル近くにおよび、無数のほのかな灯りが灯され、人々を天守閣へと誘います。

 

 

 

 

 特に2015年の家康公生誕祭は、家康公顕彰400年の年でもあり、岡崎公園は約15万球のイルミネーションで彩られました。大手門や岡崎城もライトアップされるとともに、乙川では3万個のLEDライトが浮かぶ「泰平の祈り」も開催されるなど、岡崎城周辺は東海最大級と言われる光の祭典が繰り広げられました。

 

 

●「家康公生誕祭」、岡崎市の冬の風物詩へ


 ここでご紹介したもの以外にも、家康公の生誕の際の逸話を劇にした「家康公生誕劇」や歌や音楽、地元の食が楽しめるフードコートなど、数日間にわたって様々な催しが岡崎公園を中心に繰り広げられています。

 家康公生誕祭は年を追うごとに成長していっています。何かとせわしい年末ですが、次の家康公生誕祭には、是非、あなたも提灯を片手に、天下泰平と家族の幸せを祈願しがてら、独特の雰囲気と魅力を持つこのお祭りに、行ってみてはいかがでしょうか。

 

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