岡崎ルネサンス

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屏風画

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場所: 岡崎市中町6丁目3-10
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屏風画

 

その時代を、そこに生きた人々を感じられるペン画  ~ペン画家 柄澤照文 氏~


岡崎市民なら、一度は目にしたことがあるであろう愛らしい作品の生みの親、ペン画家の「柄澤照文」さん。これまで、岡崎や豊田市足助町を拠点として、イベントポスター等の商品デザインや、紙粘土でできた干支の置物など、あたたかな雰囲気の作品を手がけています。

 

 

 

 

 

柄澤さんが、絵を描くことになった原点は、40年程前に奥さまと発刊されていたミニコミ誌『おかざきしんぶん』に描いたペン画の挿絵。変わりゆくまちの“今”を表現するため、丁寧に取材を重ねながら、独特の温かなタッチのペン画で、“歴史や自然、人の暮らしの感じられる風景”を表現し続けてきました。
その表現方法のひとつとして、数年前から“屏風画”の制作をしており、現在は100年前(大正5年)の岡崎の様子
をテーマとした屏風画に取り組んでいます。今回は、その制作現場で屏風画を拝見しながらお話を伺いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正5年 活気ある岡崎の一時代


岡崎に暮らす人々が、文明の移り変わりを肌で感じ、世の中への期待が渦巻いていた、まさに近代の幕開けだった大正5年。
多くの資料と丁寧な取材、そして柄澤さんの細やかな表現により、屏風画には当時の建物や店の名前はもちろん、その時代に活躍していた岡崎の名士たちがイキイキと描かれています。切り取った場面毎にドラマがあり、見つめていると今にもその時代のざわめきが聞こえてきそうです。
「この屏風画がその時代を感じとる一枚の叙事詩のような作品になっていけばと思ってね。前を向いて進むことは大切だけど、あまりにも振り返ることがなくなってきているように思う。この絵の中に登場している人たちは、自分たちのルーツになる人たち。そこをもう一度しっかり認識して前へ進んでいくために、この絵がお役にたてれば嬉しいなあ」と話す柄澤さん。

 

 

 


屏風画でその「時代」を描く


100年前(大正5年)の岡崎をテーマとした今回の作品は、江戸時代、岡崎城下の文化やまちの暮らしを描いた「岡崎城下町屏風画」、三河一向一揆の戦いを描いた「三河一向一揆屏風画」に続く、岡崎を描く3作目の屏風画。

 

テーマの決め手は、今年が岡崎市制100周年の記念の年であることに加え、大正5年が、岡崎で象徴的な出来事が多く起きた年であったことだそう。
伊賀川の改修工事により、まちのかたちが形成され、人力車や馬車が街中を走り、洋装を身にまとう人も現れた大正5年。屏風画の下絵を見ると、当時、蚕糸業を行っていた三龍社の煙突が立ち、現在の岡崎信用金庫資料館の場所に、翌年開業予定の岡崎銀行が建っています。膨大な資料を隅々まで読み尽くし、また各方面の専門家に、聞き取り取材を丹念に続けながら、制作開始から4ヶ月、1日も休むことなく制作を続けています。
かつて20年間にわたり、「塩の道」(三河湾の塩を、矢作川を上り飯田まで運んでいた街道)をスケッチブック片手に取材。その土地の歴史を調べ、関わりのある多くの方から聞きとりをした経験が、今回の屏風画制作に大きく影響しているそうです。
「その時代の事件みたいなことを、ひとつひとつ紐解きながら、実際に生きていたであろう人々も含めて表現することで、その時代を、岡崎のまちを感じ、見つめ直すきっかけになれば」との思いを持って、日々、屏風画と向き合っているそうです。

 

 

 

取材すればするほど情報が集まり、事実がわかるたびに描き直しを重ねているとのこと。「まだまだ書き足すことがたくさん出てきそう」と話す柄澤さんはとても嬉しそう。できる限りの情景をこの絵の中に落とし込んでいき、来年には色づけをする予定とのこと。
柄澤さんは現在、「長誉館・醸庵」 にて制作を続けており、その制作過程を見ていただくことも可能*です。完成が待遠しいです。

 

 

 

 

 

*見学はいつでも可能ですが、制作の都合によりご覧いただけない場合もございます。
また、事前予約も承っておりませんので、予めご了承ください。

   

 

 

 

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