岡崎ルネサンス

岡崎の“〇”にナるまちのものがたり

知られざる地域資料を公開!「上地八景」絵はがき

インフォメーション
場所: 岡崎市上地3~若松東2(奥山田池)
ホームページ: なし
知られざる地域資料を公開!「上地八景」絵はがき

平成のはじめ、新たなふるさとで暮らす人たちが、まちの魅力を掘り起し発信していた…。「岡崎まちものがたり」で久々にスポットが当たった「上地八景」、その貴重な資料を手に上地学区をひとめぐり。

 

 

 

オリジナル絵はがきが
上地学区で作られていた!

 

 上地学区の「岡崎まちものがたり」で「上地八景」が紹介されているのを、みなさんご覧になられましたか?これは平成の初めごろ、上地を象徴する風景やスポットを八つ選定したものです。平成28年に市制100周年記念事業として「岡崎百景」が選定されましたが、「上地八景」は時代を先取りした取り組みと言えるかもしれません。
 この上地八景、学区民のある世代までには知られているのですが、時代も変わり、最近はあまり顧みられていませんでした。これを「岡崎まちものがたり」の学区作成委員のみなさんが掘り起こし、マップページで紹介。久しぶりに日の目を見ることになりました。
 実はこの「上地八景」、選定当時に絵はがきになっているのです。およそ観光名所とは縁遠い新興住宅地で、なんと8枚組の絵はがきを作成するとは!当時の関係者のみなさんもなかなか洒落たことをされたものです。
 岡崎まちものがたり本編ではスペースにゆとりがなくて掲載できなかったその貴重な絵はがきを、ここで紹介しましょう。

上地小学校校門付近にある「ふる里 上地」碑。「新上地八景」に選定されています

 

 

 

昭和58年、上地学区誕生
新住民たちが見た風景は…

 

 上地学区は、岡崎市南部一帯の山を造成して昭和58年(1983)に誕生した新しい学区で、「住民の出身地を調べたら全都道府県がリストアップできる」とも言われたほど全国から人が集まってきました。そうして新しいまちと学校が生まれ、コミュニティも育ち始めたころ、学区の中からこんな声が上がってきます。「暮らしてみると上地って、けっこういい場所が多いよね?」
 そこで、学区の人々に「われらが新しいふるさとの美しい場所、自慢できる場所を学区のみなさんにもっと知ってもらおう」と当時の学校長と教員、社教委員長らが調査・選定したのが「上地八景」だったのです。

「上地八景」。左上から時計回りに、県道岡崎衣浦線/上地湿原/国道248号線/円光山寂静寺/奥山田池/百丈山三善寺/砂川/大谷公園(※名称は絵はがき通信面に記載のもの)

 

 

 上地八景は、まず平成元年に「学校だより」で発表され、学区内の土地区画整理事業が完了した翌平成2年、学区家庭教育推進協議会によって絵はがきが発行されました。袋には「この地を第二のふるさとと決め、全国から集まってきた人たちが、豊かな自然を守りながら活気に満ちた『ふるさとづくり』を進めつつあります」という、じわっとくる一文が記されています。
 「上地八景」絵はがきの中で、ちょっと懐かしいのが「県道岡崎衣浦線」と銘打たれた一枚。撮影場所は県道327号の上地1丁目交差点。左に見えるスーパーは現在はドラッグストアになっており、舗道の街路樹も今よりずいぶん多かったようです。

車の形も時代を感じさせます

 

 

 

若いまちは進化を続け
八景も3年でアップデート

 

 この上地八景は絵はがき発行から3年後、一部が差し替えられて「新上地八景」としてバージョンアップ。絵はがきも再び発行されます。たった3年で改訂されたのは、まだ発展途上にある学区の風景が、この間にも少しずつ変化を続けていたということなのでしょう。


「新上地新八景」。左上から時計回りに、憩いの緑道/ふる里上地像/夜景上地坂/奥山田池/円光山寂静寺/大谷公園/百丈山三善寺/砂川(※名称は絵はがき通信面に記載のもの。上段3枚が新に選定されたもの)

 

 

 このうち「夜景上地坂」は、場所は旧版の「国道248号線」と同じなのですが、若松保育園西交差点付近から上地小学校入口交差点まで続く約500mの緩やかな坂道を「上地坂」と名付けたもの。わざわざ夜景を狙った斬新な絵はがきが超クール!

上地小学校入口交差点より北を向いて撮影されたもの。一瞬「アメリカ?」と思わせる景色

 

 

 下は最近撮影した昼間の風景。下から見るとなかなかワイルド。最短ルートで丘を一気に突っ切って道路が造られたことがよく分かるスポットです。

岡崎には「上地坂」をはじめグッとくる坂がたくさんありますよね?坂マニア、地形マニアは要注目!

 

 

 

上地学区には想像以上に

自然があふれている

 

 さて、新旧の八景にピックアップされている中で学区民以外にも知られた場所といえば、大谷公園でしょうか。山を切り開いて宅地造成された上地学区のなかで、宅地化されず昔の姿のまま残された場所です。

「上地八景」版の大谷公園。雰囲気は現在とあまり変わっていません。なお「新上地八景」版ではイラストに変更

 

 

 こんもりとした山と大きなため池がある抜群の自然環境で、すぐそばを県道26号岡崎環状線が走っているのでアクセスも便利。園内には小さなキャンプ場もあります。キャンプ場は、公園整備の計画が進んでいた昭和58年、発足したばかりの上地小学校PTAの会合で出席者が提案したことから実現したものとか。こんな住宅地に近い場所でキャンプができるとは、岡崎は懐が深い!

園内には古代から中世にかけて陶器が生産されていた「上地古窯跡群」もあります

 

 

 自然とえいばもうひとつ、奥山田池も新旧の八景に選定されています。面白いことに絵はがきは新旧でアングルが異なっており、旧八景の絵はがきには岡崎勤労福祉会館(現・岡崎市総合学習センター)が写り込んでいます。通信欄の説明文には「勤労福祉会館のナトリウム灯が水面に映える夜景も又一段と美しい」とあります。
 ちなみに、まだ区画整理事業の話も出ていなかった昭和30年代の前半、この池のほとりで温泉の試掘が行われたこともあったとか。湧出量が少なすぎて実現しなかったようですが、もし温泉が湧き出ていたら学区は違う形の発展をしていたのかも…。

「上地八景」版の奥山田池。まだ新しい「岡崎勤労福祉会館」は学区にとってシンボリックな存在だったことが窺える一枚

「新上地八景」版の奥山田池、趣向を変えて逆方向から撮影されています。奥に見える建物は上地小学校

 

 

 奥山田池は明治20年、砂川の最上流に砂防用の堰堤を築いて貯水されました。今は長方形に近い形をしていますが、区画整理以前は今よりもさらに奥へ広がっており、オタマジャクシに似たような形をしていました。
 池の北面には遊歩道が通じています。かつて山だった雰囲気をわずかに残しており、見事な松の巨木がたくさん生い茂っています。

奥山田池の老松群生地。なかなか味わい深い雰囲気

 

 

 今ならパソコンのプリンターでハガキが簡単に作れます。みなさんも地元で「オリジナル八景絵はがき」を作ってみては?

 

 

 

◯参考文献 「上地の風 ふるさと上地」昭和63年~平成7年各号(岡崎市上地小学校)

 

◯関連学区まちものがたりリンク
上地学区 上地学区まちものがたり

 

◯ライター:内藤昌康
1971年生まれ。岐阜県出身。高校時代、西岡崎駅や愛知環状鉄道の開業初日を見届けるため岐阜からわざわざ岡崎を訪れた経験を持つキャリア30年弱の岡崎マニア。遠隔地で岡崎産石造物を探すのが趣味。

◯掲載日
2017年7月14日

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