岡崎ルネサンス

岡崎の“〇”にナるまちのものがたり

隣接した2つの“下山村”の縁

インフォメーション
場所: 愛知県岡崎市保久町
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隣接した2つの“下山村”の縁

下山地区の話をしていると「下山って豊田市にもあるでしょ。岡崎市の下山と関係あるの?」と、こんな会話を耳にすることがあります。そこで、この疑問を解消するべく調査を開始!謎を調べつつ、地域の“これから”についても聞いてきました。

 

 

 


どうして同名の村が
隣り合ってしまったの?

 

 同名の自治体が隣接すること…これは全国的にみても大変珍しいことですが、実は昭和の大合併以前の岡崎市の下山地区(学区)がそうでした。
 岡崎市の下山地区は、1889年(明治22年)の市町村制施行から1956年(昭和31年)に額田町として合併するまでの約67年間は額田郡下山村でした。そして、その北東側には東加茂郡下山村が存在していました。
 
明治22年の自治体の名称と位置。赤斜線の地区(蕪木、田代、田折、蘭の4村)は昭和の大合併に伴い、昭和31年に額田郡下山村から、東加茂郡下山村へ分割合併されました

 

※額田郡下山村は、昭和31年に豊富、宮崎、形埜の3村と合併して額田町になり、平成18年に岡崎市に合併されました
※東加茂郡下山村は、明治39年に大沼村、富義村と合併して新生東加茂郡下山村となり、平成17年に豊田市に合併されました

 


 「今も同名の自治体はあるけれど、隣り合っていても市と町だったり、場所が離れていたりするもの。それが、まったく同名の村で隣接することがよく許されたものだと思うよ」と、話してくれたのは地域の歴史に詳しい杉浦立美さん。
 
保久町の長興寺の住職でもある杉浦立美さん

 

 

 地域の古い資料を杉浦さんと一緒に調べていくと、1922年(大正11年)に額田郡下山村が発行した『下山村治概要』の「下山村の沿革」の項に“周辺一帯の総称が下山郷だったことから新村を額田郡下山村としたこと”“隣接した東加茂郡の一部も下山村となったこと”などの内容が記されていました。しかし、同名であることが問題になったなどの記録は見当たらず、両村承知のうえだったのか?はたまた、誰も気にしなかったのか?など、そのあたりの詳細はわかりませんでした。
 
『下山村治概要』(杉浦立美さん所蔵)
 

『下山村治概要』の「下山村の沿革」の項

 

 

 


下山郷って、いつの話?
そして、その語源は?

 

 さて、せっかくなので語源についても探ってみました。平安中期に作成された辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』や、平安時代の律令制を記した行政要覧『延喜式(えんぎしき)』に「三河国賀茂郡信茂郷」という郷名が出てきます。この「信茂郷(しもごう)」が「下山」の名前の由来となったと推測されています。そして室町時代の荘園制の頃、現在の豊田市の下山地区を中心に、岡崎市の下山地区や形埜地区、豊田市の松平地区、新城市の作手地区、北設楽郡の一部などを含めた広い範囲が「下山郷」と呼ばれるようになったとされ、この時「下山」の文字が登場したようです。
 
『和名類聚抄』(国立国会図書館デジタルコレクション所蔵)

 

 

 


そして今、同じの名のもとで
市境を超えた地域おこしも

 

 そんな両地区にまたがって活動する団体があるのをご存知でしょうか?その名は「しもやま里山協議会」。愛知県企業庁による研究開発施設(地元での通称、トヨタテストコース)の用地造成事業をきっかけに、地域の8つの団体が集結して平成21年11月に発足。団体名の“しもやま”には「し」=自然(しぜん)、「も」=森(もり)、「や」=谷津田(やつだ)、「ま」=守る(まもる)という新たな意味も込められ、里山の環境保全を行うとともに地域おこしの役割も担っています。田植えや稲刈り、炭焼き、しいたけ菌打ちなど、里山の知恵を伝えるイベントを年7~8回開催しており、評判も上々だとか。“市域を超えた山間地域同士の横のつながり”を実践している活動としても注目を集めています。
 
「ぬかた炭焼きの会」会長を務める保久町の髙木田洋さん。しもやま里山協議会では、一斗缶を使った竹炭づくりの体験を実施しています
 
炭焼き体験の様子。髙木田さんたちが参加者に炭焼きの説明をしています
 

豊田市の下山地区で行われた田植え体験。もちろん、稲刈り体験も行われます
 
山を整備して里山の環境保全を行っています

 

 

 

きっかけを逃さずに
地域で団結してきたい

 

 最後に、杉浦さんと髙木田さんに開発の進むこの地域のこれからについても聞いてみました。「わしらみたいな年寄りに聞いてちゃだめだよ」と笑う高木田さんに「ほんとだよ、若い人に聞かなきゃ」と相槌を打つ杉浦さん。お二人とも、しもやま里山協議会のメンバーであり、長年地域おこしの活動に熱心に取り組まれてきた“下山地区の生き字引”のようなかたです。
 「炭焼きを使って交流や地域おこしをしてきたけど“地域がひとつになるきっかけ“はどこに転がっているかわからないと思う。しもやま里山協議会も、そのきっかけの1つになるといいね」と、髙木田さん。「そうそう。トヨタテストコースもそうなるといい。コース事業地の大部分は豊田市だから、岡崎市の下山地区にどれくらい影響があるかわからない。それよりも高木田さんの言うように、大事業と人と自然の共生を考えることで、地域がまとまるきっかけになってほしいと思う」と、杉浦さん。


「もっと若者を巻き込んでいきたい」と、地域が持続することへの願いを熱く語ってくれました

 

 


 岡崎市47学区(地区)のうち下山学区は人口最少の学区。「岡崎まちものがたり」では“小さくても輝くまち”というキャッチコピーを掲げ、歴史、伝統、文化などを紹介しました。その特集「里山の暮らし」にもあるように、もともと団結力が自慢の下山です。2025年に完成予定のトヨタテストコースとの共生から生まれる、地域の変化から目が離せません。


 
樹齢300年の山桜に集う「山桜を愛でる会」の様子。地域が団結して行う観桜会です。毎年4月の第2日曜日に開催
 
市内外から約600人が参加するウォーキングイベント、「小さなやまがのウォーキング」の様子。11月の最終日曜日に開催

 


 2つの下山村は1つの行政区が分裂してできたわけではなく、その名称は遠い昔の地域一帯の総称に由来するものでした。昭和や平成の大合併で、故郷の名前が地図から消えてしまったというかたも少なからずいらっしゃると思います。しかし、その土地の歴史が消えてなくなるわけではありません。故郷を思う人の心があるかぎり、そこに故郷はあり続けるのだと感じました。

 

 

 

 


〇取材協力
しもやま里山協議会

 

〇参考文献
「新編岡崎市史」/発行:新編岡崎市史編纂委員会
「額田町史」/編集:額田町史編集委員会
「下山村治概要」/発行:額田郡下山村
「愛知県史」/編集:愛知県史編さん委員会
「東加茂郡史」/編集:東加茂郡役所
「下山村史(通史)」/編集・発行:下山村
「下山村誌」/発行:東加茂郡下山村
「足助町誌」/編集:足助町誌編集委員会
「松平町誌」/編纂:松平町誌編纂委員会
「愛知県の地名」/発行所:株式会社平凡社
「愛知県地名集覧」/原本:愛知県教育会
「角川日本地名大辞典(23愛知県)」/編集:角川日本地名大辞典編纂委員会

 

〇関連学区まちものリンク
下山学区 下山学区まちものがたり

 

〇ライター:小嶋かおり
愛知県豊田市(山間部)出身。三河を中心としたタウン誌の編集に始まり、フリーランスとなって東海地方の旅の情報誌を中心に執筆。生家を出て初めて住んだ場所も、高校も、初就職も、現在の出没地も岡崎…「隠れ岡崎市民」を自負しております。

〇掲載日
2018年2月21日(最終修正日2018年2月23日)

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