岡崎ルネサンス

岡崎の“〇”にナるまちのものがたり

岡崎市南部の“ため池”めぐり

インフォメーション
場所: 岡崎市羽根町小豆坂(長池)、岡崎市庄司田1丁目(柱大池)ほか
ホームページ:
岡崎市南部の“ため池”めぐり

岡崎市の南部エリアは、いくつもの池が住宅地の中に点在する「ため池の町」。ちょっと地味な存在かもしれませんが、ため池は昔から市民に親しまれてきた憩いの場。数ある中から意外な歴史を持つため池を訪ねてみました。
 
 

町を歩けば池に出会う
自然が豊かな住宅地
 
 JR岡崎駅の東側のなだらかな丘陵には、一面の住宅地が広がっています。昭和初期から昭和50年代にかけて宅地造成されたこの地域は、家並のなかに大小のため池が点在していることが特徴。ため池の周囲には自然も多く残されており、うるおいのある独特の景観を作り出しています。
 ため池の多くは、かつて丘の麓にあった田畑に水を供給することを第一の目的として築造されました。今や農業用としての水の利用はほとんどなく、現在は主に、下流に流れ出る水の量を抑制するための「調整池(ちょうせいち)」として利用されています。
 周囲に遊歩道が整備されている池も多く、緑に包まれた水辺の道は散策にぴったり。小豆坂小学校の3年生は毎年春の遠足で学区の池を巡っており、身近な自然を体感しています。
 
小豆坂小学校の近くにあるガン池
小豆坂小児童会が設置した看板が立つ中池
 
 
 
 
のどかな池のまわりを
馬たちが駆けていた
 
 地元の人々に親しまれているため池は、実は昔から“憩いの場”でもありました。1888年に(明治21年)岡崎駅が開業すると、駅の周辺にはいくつもの工場ができ、人口もどんどん増えていきましたが、それに伴って人々が余暇を楽しめる行楽施設も造られたのです。
 そのひとつが羽根町字小豆坂にある「長池」。名前のとおり東西に長い池で、昔はさらに東に伸びていました。現在は一周およそ650m。ジョギングやウォーキングを楽しむ人をよく見かけますが、昔は夏になると、岡崎工業高校の生徒や近所の子どもたちがよく泳ぎに来ていたそうです。
 この池の周りには岡崎競馬場がありました。1931年(昭和6年)に開設され、戦時中の一時中断を挟んで1953年(昭和28年)まで開催されていました。コースは周長約1200mで、ダート(砂地)の馬場。池の南側には大きな観覧スタンドもありました。
 競馬場のあった時期はまだ周囲に人家がなく、長池と山の木々が織りなす風景の美しさが評判だったといいます。開催日には、馬券を買わない人もピクニック気分で競走を見物に訪れていました。
 
うっそうとした森に包まれているような長池
完成当時の岡崎競馬場と長池(※1)
戦前の岡崎駅東部の地図(※2)
 
 
 
 
ボートが人気の“楽園”
池の上で恋が芽生えた?
 
 もうひとつは、庄司田一丁目にある「柱大池」。一周約530m。長池のような遊歩道はありませんが、隣接する羽根田池との間にある歩道兼用の築堤から景色を眺められ、春になると池の北側に植樹されている山桜が池を彩ります。
 この池のほとりには、1925年(大正14年)に東楽園(とうらくえん)という公園が開かれました。これは「発展を続ける岡崎駅前地区に新しい遊興地を」と考えた針崎の資産家・高木新五郎が作ったもの。松が生い茂る敷地内に、茶店、東屋、動物舎などを設け、池に貸しボートを浮かべると、たちまち評判に。芸者連れの旦那衆、紡績工場で働く女工さん、遠足の小学生など、老若男女がこぞって遊びにやって来ました。
 貸しボートは平成初期まで営業しており、デートスポットとして人気だった時代もあったとか。ここで愛を育んだカップルも大勢いたことでしょう。
 
柱大池と、現在は飲食店の東楽園
貸しボートが池に浮かぶ戦前の東楽園(※3)
高木新五郎の妻が切り盛りしていた茶屋(※3)
 
 
 
 
使用図版
※1 岡崎市中央図書館所蔵
※2 岡崎市中央図書館所蔵「岡崎市全図」(昭和15年)
※3 吉野一彦さん(東楽園)所蔵
 
〇参考文献
岡崎南風土記/編著:大石収弘
 
関連学区まちものがたりリンク
小豆坂学区 小豆坂学区まちものがたり
羽根学区 羽根学区まちものがたり
 
〇公開日:2018年8月10日
 
 
 

LINEで送る

Let’s
Share!